縫製加工業から見た、フィリピンに関しての考察

Ⅰ フィリピンの縫製加工業におけるアセアン内での優位性
インドネシア・ベトナム・カンボジアとの比較

1) 豊富な労働力
フィリピンは約7000以上も島から可成る国家です。
この国の人口は1億1万人(2015年度)で、実際には1億2千万人いる?といわれております。

しかも人口ピラミッドは、右の図のようにフィリピンが、インドネシア・ベトナムと比較して、綺麗な三角形を描いており、将来的にも安定した労働供給が期待できます。

人口比較をしてみますと
インドネシア 2億4千7百万人
ベトナム 9千2百万人
カンボジア 1千5百万人

2) 労働コスト上昇率
私共が進出を決めた2011年当時は、インドネシア・ベトナムに比べて、フィリピンの労務コストは割高感が有りました。

ただその時点からも、両国の労働コストのアップ率は高く、逆にフィリピンはUADベースでみると、長年アップ率が低い傾向にありました。

ここ直近で、最低賃金をUSDベースで見ると
インドネシア 9% +-
ベトナム 7% +
カンボジア 9% +
フィリピン 0.8%
多分、ここ2~3年で、インドネシア、ベトナムの労務コストは、フィリピンを超えてくるのではないかと思われます。

3) 労働慣習の違い
フィリピンの大きな特徴は、”No Work No Salary”です。
つまり月給と言う概念ではなく、働いた日数に対して日給計算をして、月2回支払う形態です。
又、仕事が少なく、工員数を調整したいときには、出勤調整をし、働いた部分のみ支払う形態です。
次に土曜日はレギュラーデーなので、アップチャージは発生しません。(日曜日は30%アップ)
中国の場合は、土曜日50%アップに成りますが、フィリピンはウィークデイと同等です。
残業に対するアップチャージも25%で、中国の50%とは比べ物になりません。
さらに、出勤の交通費や、食事代も基本会社負担は法的には必要ありません。
各国の比較において、実質賃金と最低賃金との格差が有ることは当然ですが、フィリピンの場合、殆どのワーカーは最低賃金が実質賃金なのです。

現在、インドネシア・ベトナム・カンボジアとの比較ができる資料が有りませんが、仮に縫製業として、月に残業を含め220時間働いてもらった時の総労務コストを比較すれば、単に最低賃金の比較とは違った結果が出ると思われます。

以上1)~3)は、労働集約型製造業において、最も注視すべき労務コストに関する部分に関して比較いたしました。
これは、単にコスト部分のみの比較であり、実際の生産においては、アウトプットや、管理がしやすい等との兼ね合いが当然重要になります。
この部分に関する公表された正確なデターが無い為、香港人で、上記の国において生産・品質管理をしている方の見解と、私の中国の経験から比較した見方を述べます。

上記香港人によると、フィリピン、インドネシア、ベトナム、カンボジアのワーカーレベルの技術レベル、生産性の比較は、ほぼ同じとのこと。
むしろ、各国の価値観の違いによる管理の部分での問題が顕著であるとのこと。
会社サイドの残業を含む色々な要求に対して、多分フィリピン人が最も協力的ではないかと感じているようです。
インドネシア・ベトナム・カンボジアの3国とも、価値観がそれぞれ異なるため、その国の状況に合したワーカー管理が必要になります。

経験から、中国とフィリピンを比較した場合、ワーカーレベルの技量等々は、あまり差が無いと考えております。
中国人の生産管理経験者の見解でも、ほぼ同じ見方をしております。
しかし結果から言うと、中国のアウトプットに対して、フィリピンのそれは65%~85%程度になります。
内容をもう少し詳しく述べると、多品種小ロットに関して、最も顕著に差が起き、少品種大ロットになれば、差は縮まります。
これは縫製加工において、生産計画/生産管理において差が出やすいのは、現場での調整能力に依存する部分が大きいからと考えられます。
経験から言うと、ラインリーダー(班長)のポジションでの能力格差が、中国/フィリピンのアウトプットの差につながっている可能性が有ります。

1990年台後半から2000年台前半においての中国の縫製加工業の急速な進歩は、主に中間管理職以上に、優秀な人材が多く就労していたことに他有りません

2010年台以降には、縫製加工業に優秀な人材が集まらなくなり、それが品質面の低下や、生産計画の乱れに繋がっていると考えております。

このことから、現地での人材育成も大事ですが、現実問題アセアン各国では、簡単な話では無いことも事実です。
経験と能力を持った人材を、現地に投入できるかが大きなポイントとなるかと思えます。
一方、投入する管理職人材が現地の価値観を理解できるかと言えば、そこにも大きな障壁が有ります。
この辺が、一番難しい部分ではないかと思われます。

ただフィリピンに中間管理職のレベルの人材が無いかと言えば、そう言い切れない事実も有ります。
多くのフィリピン人が、ベトナムやインドネシアの縫製工場に、技術者や中間管理職者として、出稼ぎに出て行っているのです。
フィリピン人の気質から、海外に出て行ってもその国の人間と比較的うまく融合できるからかもしれません。
優秀な中国人を現場管理に投入しても、従来の中国的価値観のみで考えるあまり結果が出せず、その原因を現地のワーカーの質にしてしまうことはよくあることです。

実際には、その両者の調整も非常に大事なポイントではないかと思われます。

4) 繊維業界における縫製加工業の環境
是は、素材、付属、外注二次加工等々の環境問題に関してです。

・ 素材に関して
中国と比較すれば、アセアン諸国は国内調達できる種類、品質、対応、価格 は、現状勝つことができないと思われます。
やはり中国には、国営工場時代からの大規模な蓄積が有り、アセアンの国では、なかなか差を詰めることが難しいと思われます。
対応できる繊維素材、紡機の数、種類が全く違っています。
生地の原材料である紡績糸を考えた場合、しばらくは中国製に頼らなければ、マーケットに着いていけないかと考えます。

インドネシアには、従来から紡績産業が有るものの、中国と比べ品質面での差が有ることも事実です。
又、資源に恵まれている国であるため、大型資本の形成も進んでおり、大規模工場群も、地元華僑系に海外資本も加えて発達してきています。
ただ、大型化しているため、日本マーケットにフィットしない部分も多く見られ、編み/織 染色/整理 でのロットが合わない案件も多く見られます。
2010年台初頭に、中国から急激なシフトが試されましたが、対日において、現在も継続されている案件の比率は、高いものではないかと思われます。

ベトナムに関しては、従来の国営工場の流れで、産業自体有ったものの、限られた品種であり、その後韓国系の縫製加工業を中心とした船団方式で進出した染色/整理業者が有りますが、本国韓国の工場のレベルに達しているとは言えないのではないかと、考えます。

最新の状況に関して、余り詳しくはないのですが、来料加工に関する案件の話は聞くものの、素材面での進化の話はあまり耳に入ってきません。

カンボジアに関して了解している内容は、素材に関しては中国からの輸入が多いとのことで、現地生産の情報は持っておりません。

フィリピンに関しては、先ず紡績工場、化学繊維のプラントが無い為、原糸に関してはすべて輸入状態です。
糸の供給元としいては、台湾・中国・インドネシア等々が見受けられます。
カットソーに関しては、華僑系の編立・染色/整理工場が有りますが、インドネシアに比べると規模は中クラスであまり大きくなく、インドネシアに比べると、まだ日本マーケットに適合する部分も有るかと思います。

設備は、台湾・香港製が多いのですが、結構イタリア製の加工機やドイツ製編み機の設備も入っています。
原糸の対応、加工工程などの技術面を支援すれば、協力する姿勢を持っているので、比較的上質の物も生産できます。
一方布帛に関しては、ほぼ輸入されていると聞き及んでいます。

・ 付属に関して
日本の品質に耐えられるのは、各国とも外資系の現地工場か、輸入に頼っていると思われます。
フィリピンに置いても、マーケットは有るのですが、ほぼ中国製の輸入で、縫製糸以外は支給対応が必要です

・ 二次加工に関して
各国の繊維産業のマーケットが欧米であったことから、現地対応できる部分は結構あるかと思われます。
フィリピンにおいては、華僑系、台湾系、韓国系、ローカル系など有りますが、当然資材に関しては輸入ベースで、台湾系が多いかと思われます。
逆に、日本マーケットではほとんど見られない技法等を、見つけられる可能性も有ります。

上記のことから、各国の特長が有り、特恵輸入免税の条件等もからみ、一概にどの国が良いということは難しいのですが、中ロットの対応で有れば、比較的フィリピンに優位性が有るかと思われます。

各案件の特長から、最適な生産地を選ばなければならないのですが、産地特性を見極めきれていない輸入者サイドの問題も大きいかと思われる事例も数多く見られます。

Ⅱ フィリピンの貿易におけるアセアン内での優位性

1) ロケーション

・ 日本に一番近いアセアンの国
アセアン諸国の中で、日本に一番近い国がフィリピンです。
東京 - 香港 2887km
東京 - マニラ 3001km
東京 - ハノイ 3674km
東京 - ホーチミン 4336km
東京 - ジャカルタ 5795km
東京 - プノンペン 4413km

東京を中心に見た場合、香港との距離差はわずか14kmで、ほぼ同じ距離感です。

以前、香港経由で東莞に行かれていたからすれば、マニラの方が近くて便利と言うことになります。

日本人からすると、フィリピンの位置関係が掴み難いかも知れませんが、上海/台北/マニラ が南北ほぼ一直線になります。

又これは物流上、船日数に直結してきます。

・ 船日数が短い
マニラ > 東京/横浜 5日間
マニラ > 大阪/神戸 4日間
現状便数はそれぞれ、週1便運航されています。
海上日数が短い為、特恵関税を得るために日本での輸入通関時に必要となる原産地証明(CO)のオリジナルが入港前に日本に着けるのが難しい程です。      **これに関しては、解決方法が有ります。

上海のように、ほぼ毎日便があったり、フェリー便が有るわけではないですが、他のアセアン諸国に比べると短い海上日数となっています。

2) 物流コスト

実際のコストの中で、原材料費、加工費に目が行きがちですが、アセアンの場合、中国の様に自国内で完結出来ない場合が多い為、この物流コストが、輸出時点だけではなく、材料送り込み時点で大きく響いてくる場合が実際多多発生します。

アセアン諸国との、大体のボートのコスト比較はできますが、港での諸費用の比較が難しく、一概には言えません。
乙仲によっては、見せ掛けの運賃を抑えて、複雑な港での諸費用に付け替えている場合が有ります。
マニラからの送り出しに関しては、上海との比較で言えば、やはり便数の差から、LCL FCL とも高くはなりますが、他のアセアンより高くはなっていないようです。

輸入に関しては、船会社の操作がひどく(日本からは、ほぼ安定していますが、韓国、中国の船会社の場合)、シッパーサイドを安くし、マニラサイドで乙仲を指定して、料金を輸入サイドに付け替えられることは、良くあります。

一方注目すべきは、エアーによる輸送です。
上海>日本よりも割安です。
フィリピンエアー、JAL、ANA以外に、直行便のセブパシフィックと、韓国経由のKAL、アシアナが使えますが、韓国経由で、半日~1日多くかかる可能性が有るものの、思いの外安く送れます。

軽衣料の1000枚以下であれば、船便で混載で送るより、”マニラ輸出経費+運送費+日本輸入費” の合計で見ると、安くなる場合が多々あります。
またこの場合、上記の原産地証明は、基本荷物と一緒に送ることが出来るので、日本着後すぐに輸入手続きが行えます。
この部分は、日本の高級素材を使用して、来料加工をする場合、小ロット生産の可能性が他のアセアン諸国より高いことを考えると、フィリピンを活用するヒントになります。

3) 現地及び輸入サイドの税制

フィリピンは、インドネシアなどと比較して、資源が全くと言っていいほどない国です。
その為国策として、就業機会を国民に与えるため、保税区内での加工貿易に対して優遇を取っています。
フィリピンの保税加工区の制度は、幾つかの法律体系の基何種類かありますが、一番規模が大きいのはPEZAで、輸入関税の免除だけではなく、国内で発生した付加価値税(VAT)に関しても、還付ではなく支払わなくて良い制度を取っています。

この点は、中国のVAT還付手続きと比べると、格段の便宜が有ります。
又PEZAは、本年退任した前長官の不正に対する規律が厳しかったことから、良く聞かれる政府系のワイロの要求等が最も少ない加工区です。
他のアセアン諸国で、度々耳にする役人のワイロですが、PEZA以外の政府機関にては多少ありますが、この点でもPEZA内は障壁は少ないかと思います。

4) 言語問題 他

・  アセアン域内で、最も英語が通じる国であることはまちがいありません。
フィリピン語(タガログ語)政策により、以前に比べて英語のレベルが落ちてきてると言われておりますが、一定レベル以上の教育を受けたもに関しては、通常業務上、問題はないかと思われます。

又、対米のビジネスがメインだったことから、英文の縫製仕様書に関しては、特に問題なく使用できます。

・  又、他のアセアンからも言われていますが、フィリピン人が域内で最も美的感覚に優れているとも言われており、感性的なことに対しての理解度は高いかと思われます。

・  日本人のイメージと違うかと思いますが、清掃・清潔の部分に関しては元々素養が高く、仕組みを整えれば比較的レベルを上げることが容易です。
今の中国と比べると、明らかに貧しい国ですが、貧しい家でも清掃が行き届いている場合が多く、シャワーや洗濯等も、中国人よりは明らかに敏感な感性を持っていると思われます。

・  対日感情はアセアン域内でおおむね良く、フィリピンも相当高く、また信頼されています。
求人を行った場合、同業の韓国企業よりも募集しやすく、その点で日系企業にとっては有利な地域です。
従来から、世界中にメイドと船員を輩出している民族ですが、英語が通じるというだけではなく、フレンドリーで、ホスピタリティーにあふれている民族性も大きく関与していると、言われています。

以上のことから、大きいプログラムのビジネスに関しては、現状必ずしも優位であるとは言えませんが、中規模以下であったり高付加価値消費の場合は、来料加工も含め、フィリピンに優位性が有ると言えるのではないかと考えます。

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